■And, the queen became a hunter. ■

義姉さんが死んだ。
面影島事件が発覚して、その事後処理に終われた各支部の事務処理を手伝うために、あちこちに出向していた最中のことだった。
混乱に乗じてファルスハーツのあるセルが義姉さんが出向していた支部を襲撃した。
義姉さんはオーヴァードじゃない。
戦闘なんて出来るわけも無く、護身用に持っていた銃できっと応戦したに違いない。
応戦したところでオーヴァードが持つ能力には敵わないだろうし、それに襲撃の混乱で技師を守ろうって言うエージェントはいなかっただろう。
たぶんそれどころじゃなかったはずだ。
だから義姉さんは死んだ。
誰かが護ってくれたら、死ぬことは無かったのかもしれない。
ボクがその場にいたなら、義姉さんを護れたかもしれない。
ifを思い、ifを想った。
叶うわけのない現実はそこにはあるのに。


義姉さんの葬儀は、すぐには行えなかった。
混乱の最中、次に起きた更なる混乱が義姉さんの遺体の回収を遅れさせたからだ。


コードウェル博士の帰還。そしてファルスハーツの活性化。
たくさんの支部が襲われて、黒巣だって例外じゃなかった。

幾分もタイミングがずれて、混乱があって、義姉さんの葬儀が行われたとき、ボクの心は凍り付いていた。
悲しむ暇なんて無かった。
ただ、駆穂君が無言で肩を叩いてくれたのは覚えてる。

義姉さんの葬儀が終わり、一人、あてがわれた寮へと戻った。
今まで二人で過ごしていたその場所はとても広くて。
広くなったその部屋を一人で使う事になるのかとそう思い、思えば思うほど辛くて立っていられなくなり、背中に扉の冷たさを感じながら、ずるずると重力のままに身体を委ねて座り込んだ。

何故義姉さんは死んだのか。
何故義姉さんは殺されたのか。
それを行った化け物が憎くて仕方がなかった。

いらないものだったボクを受け入れてくれた人。
こわれたものだったボクを直してくれた人。

暴れたい気持ちが力の入らない身体に沸き起こり渦巻いた。
凍りついた心の端で湧き上がる寂しさがさらさらと心に降り積もる。
身体は、ピクりとも反応をしない。
それが苛立たしく思った、そんな時。



さぁーーっと。


それは唐突に起こったことだった。
世界が白に塗りつぶされた。
世界が黒に塗りつぶされた。

壁もなければ天井も、床すらも認識できず。

自分を基点に前方に白の世界。
自分を基点に後方に黒の世界。

そこにはそれぞれ、その世界を象徴する様に人影があった。

白の世界には白い少女。
黒の世界には黒い女性。


白の少女は何かからボクを引き止めるように叫んでる。
黒の女性は何かからボクを引き寄せるように嗤ってる。


ただ

ただ。


ぞくり、と黒の女性のほうを見たときの悪寒が直感を誘う。
どくん。と強く胸が高鳴った。
これは何かを僕は識っている。




衝動だ。



嗚呼。呼んでる。
あれは呼んでいるのだ。
そして囁いているのだ。

堕ちろと。

闇は等しく包み込むと。


一瞬脳裏に横切ったのは瓦礫に立つ孤高の王。


だめだ

だめだ

だめだ

あれに引き寄せられては駄目だ。
きっと戻れなくなる。
彼の傍に居られなくなる。


だから思わず叫んだんだ。
それは声として出ていたのかは些か不明だけど。


『来るな! 囁くな! ”僕”はまだこちら側にいる!!』


って。


その瞬間、さぁーーーっと。

世界が暗転して。



元の部屋に戻っていた。
かち、かちと、時計が鳴っている。
今見たものは何だったのか。
僕は呆然と虚空を眺めて、溜息をついた。


―――――強くならなければ


僕はきっとこの先も、こうやって失って辛い事を抱えきれずに泣いてばかりになってしまう。
それじゃあの王様の傍らに立って、笑顔を向けてほしいなんて言えやしない。

僕は立ち上がって気分と部屋の空気を入れ替えるために窓を開けたんだ。


†−−−−−−−−−−−−†

仮面を着けた魔女はふわりと僕の前に舞い降りて来て。
そうしてこう言った。


「条件は整った。迎えに来たよ新たなる狩人」


魔女から伸ばされた手を僕は取った。
僕は強くなりたかったから。

義姉さんを失って、力が欲しいと切に願った。
どんな事をしても力を得たいと。
そして、同時に、力を得ることで、どうしても彼に近づきたかった。


『姉をなくした彼』に。


ガラスのような瞳に、金色の稲穂の風を纏った少年。

彼に近づいて、彼の背を守り、彼の横に立ちたかった。
彼は言葉では信頼していると、友だといってくれているけれど、それだけじゃ僕は足りなかった。
それは僕の我侭で自我(エゴ)であり業(エゴ)だ。

初めはほんの好奇心で。
UGNに保護されたときのセンターで見た、透明な、ガラス球のような澄んだ瞳でまっすぐ自分の道を歩く、金色の王たる姿を持った少年に惹かれて、憧れた。
其れは恰も、蛾が光に引寄せられるかのように。あのときの僕は地べたを這いずり回る飛べない蛾みたいなものだったから。
血に塗れて真っ赤だった僕には、彼が眩しく見えた。
直接話をしたくなった。凛としたそのいつも迷いない表情をするその人物と話をして、直接名前を聞きたかった。名前を呼んでほしかった。友となり、彼の人物を知りたくなった。

それは僕の我侭で自我(エゴ)であり業(エゴ)だ。

彼に執着し、固執している。
彼に慕情と、憧憬と、尊敬と、慈愛と、好意と、幸福感と……そして何より―――純愛を。恋しいと思った。愛しいと思った。
友であることだけに満足することすら出来なかった。

嗚呼、嗚呼。

なんて醜い。なんて醜悪、なんて醜怪。なんと浅ましく、なんと卑しい。


僕は彼に憧れ、そして強くなりたかった。

彼はいつも遠い。
彼はいつも一人だ。

彼は優しい。自らの力の危険を知っているから一人だ。
そんな彼を一人にしたくはない。



瓦礫の国の孤独な王様。




故に。


そう、故に。


対等になりたいと願い、そして傍に居たいと祈る。



だから魔女と契約した。


妖精から女王になって、瓦礫の王の傍にいる為に。